結論:AIなどの計算モデルで作る「仮想患者」は、候補薬の効果や治験結果を予測し、薬開発の判断を支えるために使われます。ただし、予測が一致した一事例だけで精度が証明されたとはいえず、実際の人を対象とした臨床試験で安全性と有効性を確かめることが引き続き重要です。
AIで作る「仮想患者」を使い、薬の効果や治験結果を人への投与前に予測する研究が進んでいます。仮想治験の仕組み、BVCTとdel-desiranの事例、デジタルツインとの違い、この技術の限界を解説します。
この記事で詳しく分かること
- 仮想患者・仮想治験の仕組みと、デジタルツインとの違い
- BVCTとdel-desiranの予測事例で確認できることと、企業公表データの限界
- 薬開発の判断に役立つ場面と、実際の臨床試験が必要な理由
AIの「仮想患者」と仮想治験とは
新薬の候補は、基礎研究や非臨床試験を経て人での臨床試験へ進みます。しかし、人で試す段階まで進んでも、十分な効果を示せない、安全性の問題が見つかるなどの理由で開発が中止されることがあります。
仮想患者は、年齢、病状、生理学的特徴、薬への反応などの違いを計算上で表す患者モデルです。過去の試験結果や医療データから作る統計モデル、病気の仕組みと薬の作用を数式で表すモデルなど、作り方は一つではありません。個人の患者データを使わない方法もあります。
多数の仮想患者に候補薬を投与する計算を行うことで、薬がどの程度効きそうか、どのような患者で効果が弱いか、どのようなリスクを考慮すべきかを、本格的な治験の前に検討するのが仮想治験の基本的な考え方です。
| 用語 | この記事での意味 |
|---|---|
| 仮想患者 | 患者ごとの違いを計算上で表すモデル |
| 仮想治験 | 仮想患者集団を使って薬の効果や試験結果を計算するシミュレーション |
| デジタルツイン | 特定の個人と結びつき、新しい情報で更新されるモデル |
BVCTがdel-desiranの試験結果を予測した事例
2026年に注目された事例が、BioinvestGPT社の「BeatSoC Virtual Clinical Trial」(BVCT、ビーブイシーティー)です。同社は、BVCTが患者の医療記録ではなく、疾患と薬の作用機序をモデル化し、臨床効果を予測するシステムだと説明しています。
対象となったのは、筋強直性ジストロフィー1型(DM1)の治療候補だったdelpacibart etedesiran(del-desiran、デルデシラン)です。BioinvestGPTの公開記録では、2026年7月26日に、第3相HARBOR試験が主要評価項目で有意な効果を示さないと予測していました。
ノバルティスは2026年9月8日、HARBOR試験が主要評価項目のvideo hand opening time(vHOT)で、プラセボに対する統計学的に有意な改善を示さなかったと発表しました。BVCTの記録上は、発表の44日前に主要評価項目未達を予測したことになります。
ただし、これは一つの企業が公開する一事例です。この一致だけで、あらゆる疾患と薬に対するBVCTの一般的な予測精度が独立に確認されたとは言えません。また、ノバルティスは副次・探索的評価項目で臨床活性を示す情報があったとも報告しており、「主要評価項目を達成しなかった」ことと「すべての面で効果がなかった」ことは同じではありません。
仮想患者で薬開発はどう変わるのか
仮想患者の価値は、「当たるか、外れるか」だけではありません。候補薬を本格的な治験に進める前に、開発計画を見直すための情報を増やせる点にあります。
- 効果が期待できる候補薬の優先順位を付ける
- 効果が現れやすい、または現れにくい患者条件を検討する
- 投与量、治療期間、評価項目などの試験設計を比較する
- 成功する可能性が低い計画を早い段階で修正する
2026年には、モデル情報を活用した医薬品開発(Model-Informed Drug Development、MIDD)に関するICH M15ガイドラインが最終化されました。このガイドラインは、計算モデルとシミュレーションから得る証拠の計画、モデル評価、文書化の考え方を整理しています。
重要なのは、計算結果を信頼できるかどうかは、モデルの目的、使用するデータ、仮定、検証方法、意思決定への影響によって変わることです。AIの出力だから常に正しいのではなく、目的に合った評価と透明な記録が欠かせません。
デジタルツインとの違い、そして限界
仮想患者と近い言葉に「デジタルツイン」があります。一般的にデジタルツインは、一人の患者や特定の対象と結びついたモデルを作り、検査結果や経時的な情報で更新しながら、治療後の変化を予測しようとする考え方です。
一方、仮想患者は必ずしも特定の個人の複製ではありません。合成した患者集団や、さまざまな特徴を持つパラメータの組み合わせを使うこともあります。すべての仮想患者をデジタルツインと呼ぶのは正確ではありません。
そして、薬の安全性と有効性を確かめる基本は、今も実際の人を対象とした厳密な臨床試験です。人体と疾患は非常に複雑で、計算モデルには含まれていない要因、まれな副作用、想定外の相互作用があります。モデルは実際のデータで繰り返し検証し、適用範囲を明確にする必要があります。
この技術が目指すのは、人での試験を簡単に省くことではなく、実際の臨床試験へ進む前の意思決定を改善することです。AIが候補薬や治験設計を絞り込み、その後に人で安全性と有効性を確かめる。この順序が、薬の「作り方」だけでなく「試し方」も変えようとしています。
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参考資料
- Novartis:del-desiran Phase III HARBOR study update
- BioinvestGPT:NCT06411288 BVCT prediction vs. outcome
- BioinvestGPT:About BVCT
- FDA:M15 General Principles for Model-Informed Drug Development
- Clinical Pharmacology & Therapeutics:In Silico Clinical Trials in Drug Development
※この記事は薬開発における計算モデルの活用を解説するもので、個別の診断や治療の判断を目的とするものではありません。
VOICEVOX:青山龍星


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